YS-11は、第二次大戦後初めて日本のメーカーが開発した純国産旅客機です。 YS-11を製造したのは、日本航空機製造で、この機は双発ターボプロップエンジン方式の旅客機となっています。 YS-11は、短い滑走路から離発着できる中型の旅客機として開発されました。
1962年の初飛行以来、通算182機が生産され、そのうちの181機が販売され世界に羽ばたいていきました。 初飛行から40数年が経過し、老朽化のために、2006年9月30日に日本の空を飛ぶことが出来なくなり、日本国内の民間定期航路より引退しました。 民間定期航路よりの引退後においても、YS-11の改造機は、自衛隊の輸送機などとして運航を続け、2013年現在でも数機が残っていました。
YS-11は、技術的には成功した優れた飛行機であったが、経営的には苦しい場面が多かったとされています。 YS-11機の撤退によって、日本の航空機産業が終焉を迎えてしまったこと、蓄積した技術やノウハウが引き継がれなかったことが残念でした。
YS-11は、日本ですべて引退した後も、フィリピンのマニラ空港などでは、約10機ほどがあり、内5機は飛べる状態にありました。 日本では飛べなくなった飛行機でしたが、しばらくはフィリピンの国内線では飛行を続け、2012年頃までは運行していました。