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Z旗



 元々、Z旗は「ゼットき」と呼ばれる船舶同士の通信用に用いられる国際信号旗の一つです。

 国際信号旗には、アルファベット文字旗26種類、数字旗10種類、代表旗3種類、回答旗1種類の40種類が定められています。

 国際信号旗としてのZ旗は、アルファベットの「Z」を表す信号旗として用いられます。


 また、Z旗は単独で「我は引き船を求める」、漁場では「当船は投網中である」の意味を示す信号旗であります。

 国際的にはZ旗は上記のような信号旗としての「Z」を表すに過ぎない旗ですが、日本人にとって、Z旗には特別な意味合いがあるのです。

 後述するように、このZ旗は日本海海戦において、日本人が忘れえぬ特別な象徴的意味を持つものとなりました。


日本海海戦 〔日本海海戦〕の説明。
皇国の興廃  時は1905年(明治38年)のこと、日本は帝国ロシアと戦争、日露戦争の最中であった。ロシアは当時としては世界最強といわれたバルチック艦隊の総力を結集して、日本艦隊を撃破すべく遥々やってきたのである。

 当時の戦艦は共に蒸気船であったが、日露の主力艦隊同士が正面から激突した日本海海戦は、世界でもはじめての大海戦であった。日本艦隊はいち早く敵艦隊の襲来を知り、一本の電報が海戦の始まりとなった。

 5月27日早朝、「敵艦見ゆ」という無線電信が打電されたのだ。

 日本の連合艦隊司令長官、東郷平八郎は艦船数2倍にも及ぶバルチック艦隊を撃破することになるのだが、この時に用いた戦法「丁字戦法」はあまりにも有名である。そして、東郷平八郎連合艦隊司令長官の座乗する旗艦三笠に、全艦隊の士気を高揚させるために、高々と掲げられたのが「Z旗」である。

 このZ旗には、秋山真之によって、次のような意味づけがなされていた。

 「皇国の興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ」

 この海戦でロシア艦隊はほぼ壊滅し、日本は軽微な損失のみで、海戦史上極めて稀に見る奇跡的大勝利を収めたのである。当時はまだ、後進国であった小国、日本の勝利は世界を驚かせその存在を世に知らしめることとなった。その後、アメリカの仲介で、ポーツマス講和会議が開かれ、日本は樺太の半分を領土としたのである。

 この海戦は当時の日本にとって将に背水の陣での海戦であった。Z旗の意味は、将にアルファベットの最後の文字であり、後がないという意味で符合している。この大勝利以降、日本海軍では、Z旗は特別な意味を持つものとなった。それ以後、日本海軍は重要な海戦に臨むときにはZ旗を掲揚することが慣例化したのである。

 ちなみに、日本海海戦での日露双方の損害は下記の通りであった。

日本海海戦の戦果
日本側
・水雷艇3:沈没

ロシア側
・被撃沈16隻(戦艦6、他10)
・自沈5隻
・被拿捕6隻
・中立国へ逃亡6隻
・自国港へ到達3隻(巡洋艦アルマーズ・駆逐艦ブラーウイ・グローズヌイ)